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毎日短いブログ232 – 感覚が三歩後ろを歩いてる

日々徒然

シンパシーを持っている人やリスペクトしている人が嫌うもの・好きなものを理解できなかったりしたとき、または彼らの嫌うものにやすやすと自分が含まれるときの対処方法を決めかねている。後々振り返ると「あの時は自分が未熟で理解できなかった」ということもあるけど、今までの経験上では、私が見上げてしまった人の人格に発達障害的問題があったり、やっぱり自分の感覚の方が合っていたなと思うのが殆ど。
それでも傲慢になりたくないし、今見えてないものを知りたいとも思う。まだまだメンタル的には自分の足だけで立ってない部分があるな。自分の感覚を頼ることの恐怖の前にいつも足がすくんでる。
内容ではなく、納得して自分の言動に責任を持つ生き方に目覚めているかどうかが「説得力」なんじゃないかと思う。