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そうせずにはいられない人が生きている

日々徒然

連日ニュースが流れる中、助かるべき彼らのために本当に手は尽くされているのか?
ニュースも、「許しがたい行為と非難」なんてコピーのような言葉も
逆にもどかしく、焦るような気持ちになります。どうか助かってほしい。

政治の話、思想の話、考え方に関する話なので、
インターネットにちょっと書き込むだけですぐに意地悪なこと言われたりするもんだから、
控えめにしていても、本音を秘めている人が多いのかもしれないなぁ。

そんな中、今日見ていたツイッターに
有名社長某氏が「戦争の現実を伝えたからといって世の中が必ずしも良くはならないと思うよ」と
人質となっている彼の記事を紹介していたのだけど、私は数年前の懐かしい”あれ”を思い出しました。

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東日本大震災直後の当時、あちこちのLIVE会場でよく聞いた”あれ”です。

「私には今、歌うことくらいしかできないから・・・歌います」

こんなMCしてから演奏を始める歌い手が本当に多かったのです。
そのシーンに出くわすたびに、
(うん・・・一見きれいでもっともな流れなんだけど、何か、本当にそうなのかしら!?)と、
私は内心、違和感を感じていました。

そして、この歌い手さんMCの話と、某社長のツイッター発言が、今日私の中で噛み合ったのです。

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この二つの話は、お互いに逆サイドから語られていると感じたのですが、
見ているところは一緒なんじゃないか?と、私は思うのです。

・戦争の現実を伝えたところで、世の中は必ずしも良くなるわけではない。
・私には今、歌うことくらいしか・・・

どちらも、「結果(=反応)」を見つめているという点が共通項です。

・「そんなことしても、必ずいい結果になるとは限らない」であり、
・「お役に立てる(=いい結果になる)かは、わからないですが」というものです。

でも、人質となっている彼は、その次元(結果)で動いている人ではないように見えるのです。

そうせずにはいられなかったのではないか?

と。

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歌い手さんの話で言えば、
「誰も歌ってくれなんて頼んでいなくても、わざわざ歌う」その意味を、
本人が感じているかどうか?です。

悲しい出来事に心が動き、表現せずにいられない。
そんな突き動かされる、留めてはおけない思いがあるのかどうか?

それが、誰かの役に立つ”仕事”なのではないでしょうか。
(そこまでの思いに成っていたら、たいてい普遍的なものだからです)

だから、危険地域に乗り込んで取材をしたかった彼は、公に出ているご本人の情報を読む限り
そうせずにはいられなかった人なのだろうし、
そうすることが「きっと人の気持ちを変えることに少しでも役立つ」という
確信に近い思いがあったはずです。

結果(=反応)に、良し悪しの判断を預けないこと。

こういう風に感じて、こう思う人が、こうやって生きていますよー!
そういう人がいますよー!

と体現するような人生を歩んでいる人の豊かさにくらべ、

「いい結果になるとは限らない」という反応、、あぁなんかもうしょんぼりきちゃったな、私は。