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毎日(全然)短いブログ388 – 非線形

日々徒然

(写真:最近作っている紫陽花のジャグなど)

國分功一郎さんの新書「目的への抵抗」 が良かった。

私の場合、うっかりしていると暮らしのほどんどを目的で埋め尽くされることがあり、そうすると生きる気力が激減してしまう。バランスよく栄養を取るための食事とか、健康のために歩きで出かけようみたいな一見”良い”ことでも、〇〇のための××といった行動を積み重ねていくと鈍感になり、自分の心の声が聞こえなくなってゆく。

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「浪費」という言葉は悪いイメージがするけど、ちゃんと浪費ができれば人の欲望は満たされるはずだと國分さんは肯定的だ。私たちはちゃんと浪費ができておらず単なる消費に走らされてるのではないか。生命維持の最低限度を超えたもの(例えば素敵なバルで満腹になるまで飲み食いしたいとか、輝くビーズのイヤリングが欲しいとか)は贅沢で浪費である。浪費は楽しんだ後に満足して物理的にも終わりがくる。一方で消費は「あそこに行ったことがあると人に言いたいから」「今季の新商品をチェックしておきたいから」のように記号的な欲による行動で満足感も薄く、すぐに次の消費に駆り立てられる。
一方で「人間らしい生活をするために私は贅沢をしなければならない、と考えそのような目的を立てて贅沢をしようとしたらそれは贅沢ではなくなってしまう」の一節に釘を刺されてシビレた!

でも本のタイトルにある「目的」は生活の中で排除できない要素だし、目的があって何かやり始めても途中で目的とは別に楽しくなってくるみたいなことはある。必要や目的を超えた(広い意味での贅沢な)経験ができるところに人間が生きる喜びがあるのではないか、と締めくくられていたと思う。

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私の3rdアルバム『HOME FERMENTING』に収録の「食べる」という爆食する歌詞の曲で、このあたりの私の苦悩を歌ったのでぜひ聞いてみてください。